インドでの活動を終えて

愛の架け橋プロジェクトのチームは3月下旬、インドでの活動を終えて、無事に帰国しました。ここに、活動報告(まとめ)を掲載いたします。

活動日程

2012年3月5日ー14日

活動内容 

ヒロシマ・ナガサキ平和教育セミナー(1時間)

日本文化交流と東日本大震災復興支援活動報告(1時間)

活動目的  

世界で唯一の被爆国であり、また、長い歴史の中、数々の破滅的な自然災害にみまわれてきた日本が学んだ、平和、愛、絆についての教訓を分かち合い、生徒たちが世界平和と国境を越えた愛を希求する心を育むのを助ける

活動場所  

インド・マハラシトラ州プネ市内にある小・中学校(分校を含め計7校)

受益対象者

小・中学生生徒、並びに、教育関係者(校長、教論等)

受益者数 

のべ約3000名

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ビクトリア・インターナショナルスクールでの一日

3月12日、私たちはビクトリア・インターナショナルスクールでセミナーを行いました。

日本の国旗がありました

ここは、非常に裕福で成績優秀な子供たちが、より水準の高い教育を求めて入学する学校だと聞きました。1000人を超える生徒が勉学に励んでいます。確かに足を踏み入れてみると、他の学校と比べて、校舎は大きくて、教室は明るく、教材がよく整い、最新のパソコン、プロジェクター、音響機器等あらゆる近代的教育機材が備わっているのがわかりました。高級車で送迎に来ていた親も目立ちました。ここは、先に書いたイマニエル・パブリックスクール等と比べると、ずいぶんと貧富の差の大きさを実感できます。

 この学校では、日本語も外国語科目の一つとして選択できるようになっていて、小学校では6年間、2人の先生がカリキュラムの一環として日本語を教えています

日本語の先生が二人いました

この先生が話して下さったことですが、プネ市だけで、毎年1000人ほどの学生が日本語能力試験を受けるほど、日本語を学びたいと思っている学生が大勢いるそうです。日本語学習だけでなく、生徒一人一人のニーズや能力に合わせて、音楽や工作、コンピューター、スポーツ等バラエティーに富んだ教育を施し、生徒の個性を生かすような教育方針を掲げています。

前日3月11日は東日本大震災と津波から1年目ということで、生徒たちと一緒にインドから日本にメッセージを送ることにしました。生徒たちの中に日本語が少し話せる女子生徒がいました。モクシャダさん(14歳)です。

彼女は、日本の被災者の人々、また、復興に携わっている全員に向けて、「Pray for JAPAN 日本のために祈りましょう!」と筆を使って見事に書いてくれました。

インドの人たちの祈りが日本に届き、さらなる復興が進みますように!

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奇跡の学校ーエマニエルパブリックスクール

私たちは、39日、エマニエル・パブリックスクールを訪問してセミナーを行いました。

合唱隊とポーズ

そこは、非常に献身的なキリスト教徒の家族が、建設現場などで低賃金で働く労働者の子供たちを対象に、英語で質の高い教育を与えている政府公認の学校です。日本の日雇い労働者と比べると一日の賃金は女性で300円、男性で500円と10分の1から20分の1となっています。しかしながら、物価は上昇しており、ガソリンは1リッター150円、軽油は90円で日本とさほど変わりません。

穀物や野菜も数年前からはずいぶん値が上がっているため、毎日の生活に大きな影響を与えています。そのような労働者の家族は、非常に貧しいため、交通費、制服、雑費等、子供たちの教育に関わる様々な必要物を買ったりする経済力がなく、学校へやることを断念します。それで、やむなく家事をさせたり、雑用をさせたりなどして、建設現場近くにあるブリキ屋根の掘っ立て小屋の家に置く場合が少なくありません。

この学校を始めた家族の長であるサムエルさんは、数年前、自分のビジネスに失敗して、あるアメリカ人の宣教師が運営していた小さな学校のコックとして働き、なんとか、家族を養っていました。

サムエルさんから色々と話を聞く下中と清水

しかしある日、その宣教師が学校を閉鎖して、本国に帰ることになりました。その時に、サムエルさんがその学校を引き継ぐようにお願いされたのです。彼は、神様から貧しい子供たちによい教育を与えるのを助けるように仕事を与えれれたと確信しました。最初は、たったの2名の生徒でした。それが、今では、300人にも増えています。何人もの、奉仕の精神を持ったボランティアの先生が、無償か、あるいは、少しの報酬でパートタイムで教えています。

 一つの特徴として、将来、仕事が見つやすくなるように、英語ですべてのクラスを教えています。入学時に英語が全く分からない生徒のために、6カ月間の英語教育が施され、勉強についていけるように準備します。

私たちに歌を歌って歓迎してくれている「英語教育への準備期間中の」子供たち

 父親のサムエルさんと、母親、娘さんが3人でチームワークとして働き、先生と共に300人の子供たちに水準の高い教育を与えているのです。英語で教える学校は普通中・上流の家庭の子供たちしか行けません。私たちは、彼らの教室を見学しましたが、子供たちはとても行儀がよく、一生懸命に勉強していました。マナーやしつけ、道徳の教育も徹底しており、貧しい家庭に生まれたことは全く関係なく、素晴らしい教育を受けています。

 娘さんのプーナムさんは、この学校のディレクターで、自らが教師であるだけでなく、教師の指導や経理の責任もになっていますが、その重い負担にも関わらず、笑顔を絶やさず、愛情を込めて運営面全体に気を配っていました。

 この学校は授業料や諸経費をかなり低くしてあるため、先生の給料や給食費を払うために、サムエルさんの家族は大変な苦労を強いられていますが、神様を信頼し、援助者からの寄付や少しの公的支援、お揃いの赤い制服や机、椅子など企業からの物資支援等、奇跡の供給に導かれて頑張っておられます。この学校は、授業料と給食費で、生徒一人当たり、年間2万円あれば十分まかなえるそうです。話を色々と聞いていて、私たちに何かできることはないものかと、再度考えさせられる時となりました。

この学校についてもっと知りたい方は、「愛の架け橋プロジェクト」事務局までご連絡ください。

メール mail@ainokakehashi.com

電話 0795-82-7753

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交流 パート2

3月6日、S.N.B.P.小・中学校での2日目は、中学2年生と3年生を中心に分校から数十名の小学5-6年生が加わり、午前と午後を合わせて、700名を超える生徒にセミナーを行いました。

ここで、2時間に及ぶプログラムの流れを簡単に説明しておきたいと思います。プログラムは、すべて英語で行われます。

  • はじめの挨拶: 私たちから見たインドの素晴らしさについて話します。
  • 日本の紹介: ビジュアルを用い、生徒たちに分かりやすいように、日本について説明します。日本には4つの主要な島と、6000以上もの小さな島があると知って驚く生徒がいっぱいいました。
  • 広島・長崎原爆投下とドキュメンタリー上映についての説明
  • 「おりづるにのってーともこの冒険」上映(約30分)
  • Q&A:生徒たちから質問を受け、答えます。また、必要に応じて説明を加えます。
  • 3.11東日本大震災と津波についての説明:日本が昔から多くの自然災害を被ってきたことを話します。とくに、1年前に起きた地震と津波災害が想像を絶するほど甚大な被害をもたらし、多数の尊い人命が奪われ、日本に大きな打撃を与えたかについて、ニュース映像を用いて説明します。そのあと、長く辛い復興活動が始まる中、日本人が互いに力づけ、励ましあい、共に復興を誓い、支援活動を行なっている様子を写真等で伝えます。
  • 絆の大切さ、世界をより良い場所にするために自分に出来ることを地道に行うことの重要性について、歌とスライドショーを使って生徒たちに話します。
  • プログラムの終わりに、感想文を書いてくれるようにお願いし、用紙を先生に配ってもらいます
  • 生徒たちと交流の時を持ちます。(プログラムの終了)

私たちは、生徒たちとの交流をとても樂しみました。人懐っこく、外交的なインドの子供たちに囲まれると、なんか、暖かいブランケットに包まれたような気分にさせられます。

「絆」という漢字を筆で書き、扇子をプレゼントする清水

握手を求めてくる生徒たち

みんなでポーズ「ナマステ!」

底抜けに明るいインドの子供たちと一緒に写真を撮ったり、話したりしていると、私たちのことを本当に受け入れてくれているんだなって感じました。そして、逆に、彼らからいっぱい元気をもらった一日となりました。いつまでも忘れたくないイエス・キリストの言葉「幼な子(あるいは素直な子供たち)のようにならなければ、天国に入ることは出来ない!」を再度思い出した瞬間でした。インドの子供たち、ありがとう!

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交流 パート1

3月5日午後、6年生の生徒300人対象に同じセミナー(先回のブログを参照してください)を行い、すべてのプログラムが無事に終わりました。ここで、ひとり、皆さんに紹介したい人がいます。インド人の友人、チャイタニアです。

チャイタニアと下中

異国の地インドで活動をする中、チャイタニアの助けはなくてはならないものとなっています。インドの人たちと私たちの間に立ち、ヒンズー語の通訳を助けてくれ、インド人の習慣や文化を色々と教えてくれます。忙しいスケジュールの中、毎日のように一緒に活動を助け、そこからインドの学生たちが最大限の益が得られるように潤滑油の役割を担ってくれているのです。

さて、セミナーが終わったあと、S.N.B.P.総合小・中学校本校の校長から、この学校グループの理事長が私たちに会いたがっていると聞き、胸が踊りました。私たちは、理事長のオフィスに招かれ、まもなく、本校と分校の校長先生たちも加わり、楽しい親睦の時が始まりました。

インド人は訪問客に対して非常に礼儀正しく、厚いもてなしをしてくれる国民だと知っていたので、友情の証として、あらかじめ、日本からちょっとしたお土産を用意しておきました。何がいいかなと考えていた時に、パっと思いついたのが、桜の花と花瓶でした。インドの文化は、音楽、踊り、手芸、色とりどりの花、動物等で形作られています。日本を代表する桜の花は、きっと、インドの人々の感性に合うのではないかと考えてのことでした。

理事長のボセールさんに桜と花瓶を贈る下中

 

(上)校長先生からバラの花を受け取る清水

この桜の花やバラの花のように、美しいものを交換することにより、友情の絆を深めていきたいというお互いの思いを確認できた意味のある瞬間でした。

左からボセール理事長、下中、清水、本校校長、チャイタニア、分校校長

歓談が進む中、ボセールさんが「一つ、あなたがたに相談したいことがあるのです」とポーズをとりました。彼は、満面の笑顔で、二人の校長と確認しながら、こう言いました。「実は、私たちの学校は日本の学校と交換留学プログラムを行うことができないものかと真剣に考えているのです。」「学生たちがお互いの国から吸収できる良いものがいっぱいあると考えます。」「できれば、このようなプログラムが実現するように前向きに考えていただけませんか?」私たちにとっては突然の誘いでしたが、その時、グローバルな視点から見て、子供たちの精神面での良き世話と訓練、健全な教育の必要性をインドの教育者も感じているんだなと、真剣な憂慮の思いが伝わってきました。

IT産業の経済発展で中流階級に属する人が数億人にも達しているインドは、生活にゆとりが生まれ、モノは手に入るようになったものの、同時に、かつては固く守られていた良い家族の価値観や道徳観が少しずつ失われて行き、親や教育関係者たちは解決策を模索している状態です。これは、日本も同じです。

私たちは、これからも連絡を取り続け、どのようなステップを踏んだらいいのか、お互いの国の状況を考慮しながら詳細を検討していくということで、話がまとまりました。学校側は私たちの平和セミナーを非常に気に入ってくれて、良い関係を築けたと実感できるとても充実した日となりました。

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S.N.B.P. 総合小・中学校での広島・長崎原爆セミナー

私たちは、3月5日から7日までの3日間、プネ市にあるS.N.B.P. 小・中学校で、広島・長崎原爆展示会、及び、東日本大震災と津波と復興支援活動報告を行なってきました。

SNBP校舎前で(左からチャイタニア、下中、清水)

1000人以上の生徒が学んでいる大きな学校です!

活動スケジュールは以下の通りです。

  • 3月5日(午前) 5年生全員350人対象

  • 3月5日(午後) 6年生全員300人対象

  • 3月6日(午前) 9年生全員400人対象

  • 3月6日(午後) 8年生全員300人対象

  • 3月7日(午前) 分校生徒35人対象  計1405名

今回の広島・長崎原爆セミナーの対象は、小・中学生ですが、私たちはこの年齢の子供たちに平和教育を与えることは非常に大切なことであると感じています。日本は唯一の被爆国であり、想像を絶する被害を被りました。原爆投下は1945年8月6日と9日、すでに、67年が経とうとしていますが、世界から核爆弾がなくなるどころか、より性能の高い、破壊力の優れた核爆弾にとって変わり、その数も何万にも上ります。しかしながら、人類の平和的共存に対する脅威は核爆弾だけではありません。世界中に数多く存在する原子力発電所も潜在的な破壊力を持っています。地震や津波、テロ攻撃によって被害を受けた発電所は、放射能という恐ろしい物質を世界中にばら撒いてしまい、その影響は計り知れません。グローバル化し国々がお互いに大きな影響を与え合う現在、海を渡り平和を訴えることは私たち日本人に課せられた任務ではないかと感じます。さらにグローバル化されているであろう近い未来に世界を導く子供たちに、国境を越えて平和や絆の大切さを伝えることは、世界を変える一歩につながると固く信じています。

展示ポスターを準備しているところ

特大サイズの展示ポスター(英語版)を30枚並べ終えました

プロジェクターのセットアップと音響設備の点検を進めています

生徒たちは、プログラムが始まる前に、一枚一枚のポスターを順番に見ていきます

 

ポスターの写真や絵像、言葉自らが、核爆弾の恐ろしさ、平和を守ることの大切さを訴えかけました

 

なんと5年生の生徒だけでも350人集まり、講堂がいっぱいになりました

1クラスに60人ほどの生徒がいるそうです

 上でも述べましたが、この学校はグループとなっており、大きな校舎が3つの地区にあります。今日訪問した校舎は本校で、1000人以上の生徒が学んでいます。何といっても、人口12億を突破したインドは、1学年だけでも300人以上、学校全体では1000人を超えることは稀ではありません。しかしながら、この学校は義務教育にも関わらず、政府の援助は受けていないそうです。生徒の家族が授業料を負担します。日本は給食費だけで義務教育を受けられますが、インドは授業料は安いものの、親が負担しなくてはなりません。

挨拶のあと、清水くんが生徒たちに日本に関する質問したり、説明したりしました。

清水くんが、地図や国旗、様々なビジュアルを使って、日本を紹介しています

「おりづるにのってーともこの冒険」 活動のために広島市から借りて上映しているこのドキュメンタリー(英語版)は、生徒たちに大きなインパクトを与えました。原子爆弾の恐ろしさや生命の貴さを教え、平和を希求する思いを育むために制作された非常に優れた作品です。

この年齢の生徒たちにとってアニメーションはわかりやすく、最後まで真剣な眼差しで見入っていました

 アニメ放映のあと、生徒たちから質問を受けたり、意見を聞いたりしました。また、十分理解できないかもしれない箇所、例えば、「黒い雨」や「1000羽ヅル」などについては、わかりやすく説明するように努めました。

「広島には今でも放射能の影響は残っているのですか?」と質問する男子生徒

「戦争はひどいです。平和な世界を築かなくてはいけないと思いました。」と力を込めて話す男子生徒

生徒の質問に答えています

生徒たちはとても熱心に私たちの話すことに耳を傾けてくれ、意見交換にも積極的に参加してくれました。セミナーのあと、生徒たちに感想を書いてもらいました。

熱心に感想文を書く女子生徒たち

この男子生徒も一生懸命に感想文を書いてくれました

3月5日午前のプログラムは2時間続き、無事に終わりました。生徒たちからはとても良い反応があり、素晴らしい交流の時となりました。次回のグログでは、先生との交流について書きたいと思います。

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インド活動報告

2012年3月3日(土曜日)

今日は、プネ市郊外にある学校「Bhatkya Vimukta Jati Shikshan Sanstha(バ タキャ・ビムカタ・ジャティ・シクシャン・サンスタ」を訪問し、ヒロシマ・ナガサキについてのセミナーを行ってきました。心ある方から寄贈された3エー カーの土地に、学校の施設が建っています。そこは、恵まれない子供たちを引き取り、無償で家庭と教育を与える全寮制の学校兼宿泊施設となっていました。

イ ンドには、様々な理由からホームレスを強いられる子供たちが無数にいます。シングルマザーの家庭に生まれ、貧しいために、母親が世話しきれなくなり、どう しようもなく子供を捨ててしまったり、また、家庭内暴力を逃れるために自分から家を飛び出し、マンホール内や鉄道駅近くの路上に住み、物乞いしながら何と か生きている子供たちもいます。また、移動型遊牧民族は、低カーストのために差別され、移動中に部落で子供たちを置き去りにしてしまうケースも少なくあり ません。

こ の施設は、このように、生活手段も教育も受けられない子供たちに門戸を開き、開校当時たったの20人ほどの子供たちだったのが、今では350人まで膨れ上 がっています。施設長のジャダブさんは、大勢の孤児たちのお父さん役になり、毎日子供たちの精神面、肉体面での世話や教育に忙しくされています。ジャダブ さんは私たちを暖かく迎え入れて下さり、子供たちを紹介してくださいました。子供たちは、貧しく、大変な状況から救出され、その施設内で愛情深い世話を受 けていることが、彼らの明るく輝く、茶目っ気いっぱいの目を見ればよくわかりました。

学校の前で子供たちと施設長(中央)とポーズ

わ たしたちは今回、子供たちの教育支援プロジェクトとして、2時間ほどの枠組みをいただき、広島市から提供していただいたヒロシマ・ナガサキ原爆投下に関す るアニメーションビデオ「つるにのってーともこの冒険」を上映し、さらに、日本の文化や歴史を紹介しました。生徒たちからは、とても活発で奥の深い質問や 感想が飛び交い、質の高い交流の時を持つことができました。

ヒロシマ・ナガサキの平和メッセージをスピーチしている理事長と清水君

 

し かしながら、この施設は完全に無償で子供たちを預かっているため、経済的にはけっして楽ではありません。政府からの少しの援助と、個人や団体からの少額の 寄付で、切り詰めた生活をしながら、毎日を何とか生き抜いています。今の状況では、牛乳も、週に2回、120mlずつしか飲めないそうです。1日に約6、 000ルピー(12、000円)あれば、とても栄養のある食事を350人の子供たちに食べさせることができると聞き、心が張り裂ける思いになりました。ま だまだ、このような施設を必要としている子供たちがいるそうです。

私たちにできることはないのか・・・真剣に考えさせられた一日でした。

この学校を少しの寄付で援助したい方がいらしたら、ぜひ、お知らせください。よろこんで、詳細をお伝えします。

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陸前高田のほかほか亭

東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた陸前高田市。10月24日、米や支援物資を届けるというボランティアの仕事で戻ってきました。数か月前は道路の両側はガレキでいっぱいだったのに、今回は、ガレキの処理が進み、お店や会社の仮店舗が姿を見せ始めました。まるで、春に種から芽が吹き出すように、小さな復興の命が芽生えていました。

10月末、肌寒い季節がやってきていた岩手県、お腹がペコペコにすいた自分に気がついた時、ふと、ほかほか亭の看板がかかった大きなトラックが道路脇に置いてあるのが目に留まりました。「やったー!作りたての暖かい弁当が食べられるかもしれないぞ!」以前は、2件の仮店舗コンビニしか営業していなかったので、うれしい驚きでした。工場やオフィスよりも、商店の復興はより身近に感じるものです。

なんと、トレイラートラックの後ろ部分のコンテナがうまく弁当屋に改装されているではありませんか!すごい!ほとんどお店のない被災地で、画期的にさえ映りました。普通ならちゃんとした店舗を持ち、体裁を整えて弁当を売っているところが、被災地ではそんなことも言っていられない。「とにかく、早く店舗を開いて生活費を稼がないと!」との思惑からトレイラートラックでもいいから始めたのかなとも思いました・・・。

でも、なかに足を踏み入れ、自分の注文した一人分の弁当がどうやって料理されるかを目の当たりにして、そんな思いも全部吹っ飛んでしまいました。狭いトレーラーの中の台所で、僕が注文した弁当を丁寧に調理してくれているおばさんたちの姿を見て、感激してしまいました。被災地だからこそ際立ったのでしょうか?食のありがたさ、調理できる場所があるありがたさ、他の人のために何かを作る喜び、そのような単純な感謝の気持ちが彼女たちの体全体から伝わってきたのです。時間をかけて作られた僕の弁当がとうとう出来上がりました。

380円の安いメニューでしたが、愛情のこもった弁当はボリュームたっぷりで、しかも、とても美味しそうに、きれいに盛りつけされていました。僕は、感動のあまり、芸術的にさえ見える弁当をじっと見つめ、写真さえ撮ってしまいました。「心を込めることには美しさと愛が宿るのではないか。震災という苦しい圧搾から芳しい香りが放たれているのではないか。」心を込めて人に仕えることの大切さを、そのほかほか亭のおばさんたちから学んだひとときでした。

 

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心を与えること

最近被災地に行ってふと気づいたことがあります。自分が、被災地の人を助けるためにどれだけ「モノ」を支援出来るかどうかにばかり気を取られて、被災した人とのつながりを築くことを2の次にしていたなと。つながりが持てればいいが、まず大切なのは自分の活動を充実させることだと、いい仕事をしようと必死になるあまり、ボランティアの本来の意味を忘れかけていたような気がします。
実は、こう思うようになったのには、あるきっかけがあります。岩手県宮古市、そして、陸前高田市に行ったときと2回とも、とっても素敵な年老いたおばあちゃんに出会いました。2人とも地震と津波で多くを失なわれたものの、生きていられるだけでも幸せと、喜びに溢れた笑顔を絶やさないでおられました。私たちの作ったカレーライスに何度も何度も感謝してくださり、また、持っていった支援物資を大切そうに受け取ってくださいました。「遠くから来てくれて本当にありがとうね!会えただけでもうれしいよ。これからもずっと友達でいてね。」何度もこう声をかけてくださったのです。
そのおばあちゃんは2人とも、手作りの小物を私たちにプレゼントしてくださいました。とっても嬉しかったです。宮古市のおばあちゃんは鈴の付いた小さな飾り物を、陸前高田のおばあちゃんは小さな猫の着ぐるみを、お土産にと私たちに持たせてくださいました。2人との出会いを忘れないように・・・。それらを作るのには時間がかかったことでしょう。その2人のおばあちゃんからいただいた「おみやげ」は、わたしと被災地を結ぶこころの絆の印となりました。
「モノ」は心がこもって初めて真の価値が生まれる。その「モノ」に自分の愛の息を吹き込んで与えて初めて永続する喜びが得られる。今月末に陸前高田に赴きますが、その時の教訓にしようと思います。

 

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コルカタへの電車の旅 パート2

さて、8時間遅れてプネを出発した上、36時間かかると言われた電車の旅の果てに、実際には何時に着くのかはっきりわかりませんでした。そして困ったことに、私達を乗せた電車はハウラー駅〔コルカタ〕の手前で止まったまま、理由も説明されないまま1時間以上待つことになったのでした。駅に迎えに来てくれることになっていたインド人の友人はきっと気をもんだことでしょう。日本人であるわたしはその友人に迷惑をかけるのではないかと気が気でしようがありませんでした。それでも優しいインド人の友人は、それはインドでは日常茶飯事のことだと良く知っているのか、駅で私達を待っていてくれました。午後には約束もあったのに・・・!

 でも何とかコルカタにつけたことを、心から感謝しました。コルカタの滞在は8日間。その間に息子の大樹〔11歳〕は病気になり、次に私も風邪を引きながらも、ロレッタ大学でのヒロシマ・ナガサキ原爆展示会、マザーテレサの施設、ヴィクトリア・メモリアルホール、6つの高校、大学の見学、コルカタから南に50キロ離れた村の表敬訪問、障害者施設慰問など、数多くのことが出来ました。          

コルカタはプーナとはまた違い、リクシャーもエンジン付のオートリクシャーだけではなく、サイクルリクシャー、人力車、荷車リクシャーまであります。

このITが最先端を行くインドで、まだ人力車がスズキやホンダの新車と競争するように走り、高層ビルの立ち並ぶ本通りの裏には、若きマザーテレサが、ゴミ捨て場から赤ちゃんを拾い上げて、歩いているような昔ながらの通りが残っています。全てを飲み込んで、これでいいんだ・・・といってくれるようなコルカタ。ここで、わたしたちは多くのことを学びました。

インドでは、物事は必ずしも自分の思う通りには進んで行きません。スケジュールはあってないようなものです。1時間は人によって捉え方が違ってきます。それは、人によって、1時間、1時間10分、2時間、4時間、あるいは、24時間にもなってしまいます。明日行きますよと言われても、もしかしたら、それは来週かもしれません。そういうわけで、予定を立てても、周りの状況でそれが完全に台無しになってしまう可能性もあります。それがインドを面白い国としていると言ってもいいでしょう。ただ、それを受け入れてしまうことです。それが幸せにつながっていくのです。」

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